(RFA、ワシントン、2002.9.25日付)
内モンゴルの政治犯ハダの妻シンナは、17歳の息子ウイルスが内モンゴルの刑務所で過酷な扱いを受けていると報告した。以下はラジオ・フリーアジアの記者アン・ペイの報告である。
内モンゴルの反体制活動家ハダは「南モンゴル民主同盟」を組織したかどで1995年に逮捕された。ハダは、国家分離およびスパイ活動に従事した罪により1996年に15年の禁固刑の判決を受けた。2002年、ハダの息子ウイルスが強盗に加わったと告発され、後に2年間の禁固刑の判決を受けた。シンナは、内モンゴル自治区第一少年刑務所に息子を訪ねた際、息子とモンゴル語で話したために看守からひどい扱いを受けたと、最近語った。
シンナは、刑務所を訪問した際、息子が拷問を受けていることを知った。彼は、看守や収容者らの過酷な扱いに抵抗したため20キロの手錠と足枷を40時間以上もかけられたと、息子が語ったと告げた。シンナは、彼の手足に黒や青色のあざをたくさん見つけた。
さらに、夫ハダの逮捕後、自分の所有する「モンゴル学書店」と「モンゴル学読書クラブ」が閉店させられ、息子のウイルスは警察の暴力に抵抗して停学処分にされた。また、息子は、これら一連の事件により子どもとして深刻なトラウマを受けたと、シンナは語った。ニューヨークを拠点にする人権団体「南モンゴル人権情報センター」からの報告によると、ハダの逮捕後、シンナもまた「ボイス・オブ・アメリカ」の電話インタビューに答えたかどで3ヶ月拘留された。1997年、内モンゴル自治区成50周年記念式典がフフホトで開催された際、シンナと息子のウイルスは内モンゴル東部のオラーンホト市に送られ、2日間拘留された。1999年、中国共産党のリーダー江沢民が内モンゴルを訪問した際、シンナの行動を24時間態勢で監視するため、彼女の自宅に婦人警官を派遣するなどした。
南モンゴル人権情報センター長エンフバトのアピールでは、シンナとその息子に対する当局の非人道的な扱いを非難している。南モンゴル人権情報センターの報告によれば、ウイルスは13人の他の受刑者とともに8平方メートルの小室に収監され、毎日13時間におよぶ肉体労働を強いられている。最近、ウイルスは、母親と連絡を断つように刑務所当局に何度も警告されているという。